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田野城寿男
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I 思想

II プロフィール

III 略歴

I 思想
音楽教育に対する考え方
音楽に何ができるか。技術の前に教えたいことがたくさんある。
まず、キミは何のために演奏するんだ?と問いかけたい


 僕は米国で音楽教育を受けた人間で、そのシステムが優れていると考えています。アメリカでは、音楽はまずスピリチュアルなもので、それを表現するにあたっては、高い技術があったほうがいい、というふうに考えます。その逆は、絶対にない。

 世界共通の言語である音楽は、国や民族、宗教の違いなどを越えて、人の心を豊かにしたり、幸福にすることができます。だから音楽をする人間は、地域や社会に貢献できるし、貢献していくべきなのです。僕の言葉では、音楽は、人が人を想う「愛」だ、ということになります。
恩師ジョー・アラッドの言葉
『ヒサオの技術が聞きたいんじゃない、魂のこもった演奏が聞きたいんだ』
『喜びや悲しみを素直に表現し、人の為に演奏しなさい』。


 世界のトップ・アーティスト達もが敬愛する伝説の教師ジョー・アラッドは当時、ジュリアード音楽院、マンハッタン音楽院、ニューイングランド音楽院の教授であり、デイブ・リーブマンの恩師でもあった。
 彼は「心」について厳しかった。きれいな音で吹いても、「楽譜じゃない、君の感じている・・そう今の気持ちを表現するんだ!」となかなか許してくれなかった。
 しかし彼の語った言葉の数々が、確実に僕の人生観を変えて行く事になったのです。
「きらりピカピカJAZZ音楽団 in Tokyo」について
音楽団では、演奏の技術を教える前に、そうした音楽の持つ意味や、素晴らしさを伝えていきたい。音楽をすることの延長に、自分の生き方、社会との関わり方を考える道を据えてみたいと思っています。

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 僕がアメリカでジョー・アラッドやデイブ・リーブマン等から受けた教育はとても感動的なものでした。アメリカから帰国して以降、僕はその教育を日本で伝えたいと思って活動してきました。この「きらりピカピカJAZZ音楽団」は、それらの活動の一環として、JAZZのオーケストラという形式を通して始めたものです。
 従って、JAZZの奏法や技術を教えて、うまく演奏できるようになるのが目的ではありません。JAZZは、それぞれの人が楽しく自分の人生を送るための手段であり、きっかけづくりです。
 みんなと一緒に楽しんで音楽を作り上げる事によって、創造的なきらりとひかる自分を磨きだそう、そして年齢・思想・地域・人種・宗教の枠を越えて、いろんな人の気持ちをわかりあおうという場なのです。
 子供たちにとっては、創造する楽しさと共に、「自由はまわりの人たちとの関わりの中にあり、責任をともなう」という事を感じ取ってもらえれば嬉しいのです。
 そして大人たちにとっては、自分の中にある「どうせできない」というあきらめや、日常に一生懸命な中にも、新たな自分を発見するきっかけになって欲しいと考えます。
 今、東京において、この「きらりピカピカJAZZ音楽団 in Tokyo」を計画しています。今後、世界において同様の活動が広がり、全ての人の幸せと平和につながる事を祈っています。
LOVE & HARMONY
田野城寿男
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II プロフィール
サックス・プレーヤー。1958年生まれ。広島出身。
1978年、ボストンのバークリー音楽大学入学。在学中、ニューヨークでデイブ・リーブマンにサックス、フルート、音楽理論を師事。
同時にニューイングランド音楽院で、ジュリアード、マンハッタン各音校教授でもあるジョー・アラッドにも師事する。
82年、作曲と編曲が認められジョージ・ラッセルの門下生となり、彼の革新的な理論「リディアン・クロマティック・コンセプト」を学ぶ。
在学中から自己のカルテットを結成し、東海岸を中心に精力的に活動。
   
卒業後、83年に帰国。「田野城寿男クリスタルムーン」を結成し、全国ツアー。
85年キティレコードから『ストーン』をリリース。
87年にはサリナ・ジョーンズの日本ツアーにソロ奏者として参加。
その後、活動拠点をニューヨークに移す。
91年、クインシー・ジョーンズをプロデュースに迎え、名実ともに世界NO.1を誇る「25周年記念・スイス・モントルー・ジャズフェスティバル」に出場。
96年2月帯広に移住。 99年、東京、北海道にてサテライト制作によるアニメ映画「イメル」の音楽制作を手がける。
現在、帯広を拠点に東京・ニューヨーク等で活動。また、音楽を通した青少年の育成にも力を注いでいる。
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III 略歴
音楽活動
1981年 米国バークリー音楽大学卒。またデイブ・リーブマン、ジョー・アラッド、ジョージ・ラッセル等、伝説的ミュージシャンの教えを受ける。
1983年 帰国。「田野城寿男クリスタルムーン」を結成し、全国ツアー。
1985年 キティレコードから『ストーン』をリリース。
1987年 サリナ・ジョーンズの日本ツアーにソロ奏者として参加。
1991年 『スイス・モントルー・ジャズ・フェステイバル』に出演。25周年記念として、クインシー・ジョーンズ・をプロデユーサーに迎え、マイルス・デイビス、レイ・チャールズ、スティング等そうそうたるメンバーの出演する特別なフェスティバルになった。
1994年 田野城プロデユース: ニューヨークにてサイラス・チェスナット(piano)、ナット・リーブス (bass)、デイオン・パーソン(drums)とレコーデイング。
1995年 田野城プロデユース: ニューヨークにてローレンシアン・ストリング・クアルテット、ステイーブ・ラ・スピナ(bass),レイ・コロン(percussion),ブルース・スターク (piano& arrenge) 、" 現ニューヨーク・フィルハーモニー・メンバー"のエリック・チャールストン (percussion)とレコーデイング。
1996年 ニューヨークにて、ジム・ベアード(key)プロデュースによるアルバム制作。
参加メンバー:ジョン・ヘリントン(co-producer)、ランデイ・ブレッカー(trumpet)、ロン・ジェイキンス(bass)、ハイラム・ブロック(guitar)、マイク・スターン(guitar)、ドン・アイラス(percussion)、スクーター・ワーナー(drums)、他。
1997年 荒木経椎氏(通称、アラーキー)写真展・『A人生』の音楽に起用される。
写真展・『A人生』の会場、ラ・フォーレ・ミュージアム原宿にて演奏を行う。
1999年 アニメ映画『イメル』(サテライト制作)の音楽を担当。〜アメリカTV
2000年 黒田征太郎氏(New York在住・現代画家)カキバカ・ライブ共演。
2001年 山本寛斎プロデユース「ファッション元気主義 In Sapporo 」の音楽監督に就任。
2002年 ジャズ・フェステイバル: 札幌芸術の森『札幌ジャズ・フォレスト・2002』に出演。
北海道立帯広美術館/『ミュージアム子どもフェスタ2002・わくわくコンサート』を行う
音楽監督
「帯広南商業高等学校」 2003・2004年度音楽監督
「SAPPORO ART PARK ジュニア・ビッグバンド・スクール」 2000〜2003年度音楽監督
「わくにこ十勝JAZZオーケストラ」/2003年度・2004年度
「きらりピカピカJAZZ音楽団 in Tokyo」 2004年度音楽監督
ワークショップ
「北海道上川郡新得町エリア内小学校(佐幌小学校/上佐幌小学校/屈足小学校/富村牛小学校)」/2003年10月31日 写真
「上美生小学校(北海道河西郡芽室町)」/2003年11月19日
「帯広聾学校/帯広盲学校」/2003年11月20日
「帯広養護学校」/2003年11月20日
メディア
札幌FM“ノース・ウェーブ”『cool night crossroads』のDJを担当/2000年
帯広FM“ジャガ”『moon light pray』のDJを担当/2000年
帯広FMウィング『田野城寿男のMUTANT MUSEUM』のDJを担当/2003年
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